耳をすませば
浅い眠りの中で夢を見た。
タキシードにシルクハットの紳士に手を引かれ、ごく薄いクリーム色のドレスをまとってダンスをしている自分。ステップを踏むたび、眠っている体にもふわふわと雲の上を歩くような浮遊感が伝わってくる。
彼のガラス玉みたいな緑色の瞳がきらりと光った。
すっと鼻筋の通った美形が楽しげに口を開く。
「エマさんはダンスがお上手ですね」
口元には綺麗にそろった三角の小粒な歯。
「夢だからね」
答えた私にピンク色の可愛らしい鼻をぴくりと動かし、若々しい自信たっぷりのひげをますます反らせると、くすくす笑いながら、彼は私のターンのリードをしてくれた。
「もし嫌でなければここにとどまりませんか?」
「夢のなかに?」
「いえ、我々の国に、です」
私は少し考えるふりをする。
「猫の国は嫌ですか?」
彼の緑色だった目が金色の強い光を帯びた。
それが少し怖くて、私が身を離そうとすると、腰に添えられた手に力がこもった。
「嫌じゃないけど、」
「けど?」
「帰りたいと思ったら帰れるの?」
おずおずと視線を上げてみると、彼のまあるい目とぶつかった。
不安げにしおれていた正三角形の薄い耳が勢いよく立ちあがる。
「なんだ、そんなことだったらご心配ありません。いつでもお好きな時にお帰りになれますよ」
にっこりとほほ笑んだ彼に両手を取られ、次の瞬間、突然床が抜けたかと思うと、私たちは上へ上へと押し上げる気流に乗っていた。
「しばらく目をつぶっていてください、何、すぐに着きますから」
自信に満ちた声で、手にしていた杖で風をかきわける彼、いや、シーちゃんが笑った。
そして、目を開けてみれば、どこまでもどこまでも続く緑色一色の猫じゃらし畑の中に突っ立っていた。
「うわぁ、綺麗ねー…」
傍らに立つシーちゃんが、急場で用意してもらった割によくできてますね、と鼻を鳴らす。
「は?」
「いいえ、こっちの話です。っと、そうですね、エマさんの歓迎のために用意してもらったってことですよ?」
なぜか冷や汗をかいて答えるシーちゃん。猫でも冷や汗をかくのか、なんて悠長に思っていたら、遥か彼方の地平線上に黒い粒が浮かび上がった。
「なに、アレ」
口を開いた瞬間に、その黒い粒がシミとなり、あれよあれよという間に草原いっぱいに波のように押し寄せてくる。その一粒一粒が真っ黒な猫だと確認すると、個々を可愛いと思うよりも、その異様なまでの数に狼狽して、私はシーちゃんの腕ににしがみついた。
「あー、迎えですよ。ご心配なく」
のほほんと答えてくれるシーちゃん。
すぐそこまで迫る大群。襲われるかもしれないという私の恐怖を笑い飛ばし、彼はダンスの延長線のように手を取ってひらりと黒猫の絨毯の上に誘った。
「彼らは、猫の宮殿まで連れて行ってくれるんです」
おしりにもこもこでふかふかの感触。絨毯といえば絨毯だけれど、もぞもぞして落ち着かない。それでも、猫の魔法の絨毯は勢いをつけて進んでいく。
「ホラ、あそこに宮殿が見えてきましたよ」
シーちゃんが上下に揺れながら指さす先にはアラビアンナイトのような丸いドーム型の屋根の乗った大きなお城が見えた。
大きなバラの花の門をぐくったら、そこにもここにも色とりどりの花が咲き乱れている。庭園を我が物顔で陣取る大きな噴水から吹き出す水がきらきらと虹を作っている。
そして、そのすぐ側、青々とした芝生の上で何かがまるまっているのが見えた。
「あれが、お…うさまです」
「はい?」
アレとはドレ?
問い返しているうちに、おしりの下の黒猫大群はきれいさっぱりはけていった。
まるかったものの正体、日向ぼっこを不承不承切り上げたでっぷりとした白と黒のぶち猫が、やっぱり二足歩行で立ち、ゆっくりと私たちに向かって手招きをしている。
促されるままに進み出る。
「ほぉう、この生き物が地球人か。ふぅむ、奇妙な格好をしておるの」
開口一番、明らかに見下したように吐き捨てて、王様はシーちゃんを睨んだ。
「まぁ、良いわ。地球人よ、皇帝様への献上品として大人しくしておる分には、危害は加えん。命が惜しかったら我々には逆らわんことじゃ」
王様とやらは、自分の言いたいことだけを押しつけて、ぽてりと倒れるとすぐに舟をこぎ始めた。
その周りを、また例の黒猫達が素早く円陣で固めてしまった。
「シーちゃん、なんか、帰れなさそうな雰囲気なんだけど、気のせいかしら?」
「間違いなく気のせいじゃありませんね」
笑顔でサラッと答えやがった紳士のひげを、私は思い切り引っ張ってやった。
「ちなみに、これってやっぱり夢じゃなくて現実なのよね?」
「呑み込みが早くて助かります」
こうして、私はまた宇宙人にさらわれた。
何度目のことかはもう数えたくもない。
タキシードにシルクハットの紳士に手を引かれ、ごく薄いクリーム色のドレスをまとってダンスをしている自分。ステップを踏むたび、眠っている体にもふわふわと雲の上を歩くような浮遊感が伝わってくる。
彼のガラス玉みたいな緑色の瞳がきらりと光った。
すっと鼻筋の通った美形が楽しげに口を開く。
「エマさんはダンスがお上手ですね」
口元には綺麗にそろった三角の小粒な歯。
「夢だからね」
答えた私にピンク色の可愛らしい鼻をぴくりと動かし、若々しい自信たっぷりのひげをますます反らせると、くすくす笑いながら、彼は私のターンのリードをしてくれた。
「もし嫌でなければここにとどまりませんか?」
「夢のなかに?」
「いえ、我々の国に、です」
私は少し考えるふりをする。
「猫の国は嫌ですか?」
彼の緑色だった目が金色の強い光を帯びた。
それが少し怖くて、私が身を離そうとすると、腰に添えられた手に力がこもった。
「嫌じゃないけど、」
「けど?」
「帰りたいと思ったら帰れるの?」
おずおずと視線を上げてみると、彼のまあるい目とぶつかった。
不安げにしおれていた正三角形の薄い耳が勢いよく立ちあがる。
「なんだ、そんなことだったらご心配ありません。いつでもお好きな時にお帰りになれますよ」
にっこりとほほ笑んだ彼に両手を取られ、次の瞬間、突然床が抜けたかと思うと、私たちは上へ上へと押し上げる気流に乗っていた。
「しばらく目をつぶっていてください、何、すぐに着きますから」
自信に満ちた声で、手にしていた杖で風をかきわける彼、いや、シーちゃんが笑った。
そして、目を開けてみれば、どこまでもどこまでも続く緑色一色の猫じゃらし畑の中に突っ立っていた。
「うわぁ、綺麗ねー…」
傍らに立つシーちゃんが、急場で用意してもらった割によくできてますね、と鼻を鳴らす。
「は?」
「いいえ、こっちの話です。っと、そうですね、エマさんの歓迎のために用意してもらったってことですよ?」
なぜか冷や汗をかいて答えるシーちゃん。猫でも冷や汗をかくのか、なんて悠長に思っていたら、遥か彼方の地平線上に黒い粒が浮かび上がった。
「なに、アレ」
口を開いた瞬間に、その黒い粒がシミとなり、あれよあれよという間に草原いっぱいに波のように押し寄せてくる。その一粒一粒が真っ黒な猫だと確認すると、個々を可愛いと思うよりも、その異様なまでの数に狼狽して、私はシーちゃんの腕ににしがみついた。
「あー、迎えですよ。ご心配なく」
のほほんと答えてくれるシーちゃん。
すぐそこまで迫る大群。襲われるかもしれないという私の恐怖を笑い飛ばし、彼はダンスの延長線のように手を取ってひらりと黒猫の絨毯の上に誘った。
「彼らは、猫の宮殿まで連れて行ってくれるんです」
おしりにもこもこでふかふかの感触。絨毯といえば絨毯だけれど、もぞもぞして落ち着かない。それでも、猫の魔法の絨毯は勢いをつけて進んでいく。
「ホラ、あそこに宮殿が見えてきましたよ」
シーちゃんが上下に揺れながら指さす先にはアラビアンナイトのような丸いドーム型の屋根の乗った大きなお城が見えた。
大きなバラの花の門をぐくったら、そこにもここにも色とりどりの花が咲き乱れている。庭園を我が物顔で陣取る大きな噴水から吹き出す水がきらきらと虹を作っている。
そして、そのすぐ側、青々とした芝生の上で何かがまるまっているのが見えた。
「あれが、お…うさまです」
「はい?」
アレとはドレ?
問い返しているうちに、おしりの下の黒猫大群はきれいさっぱりはけていった。
まるかったものの正体、日向ぼっこを不承不承切り上げたでっぷりとした白と黒のぶち猫が、やっぱり二足歩行で立ち、ゆっくりと私たちに向かって手招きをしている。
促されるままに進み出る。
「ほぉう、この生き物が地球人か。ふぅむ、奇妙な格好をしておるの」
開口一番、明らかに見下したように吐き捨てて、王様はシーちゃんを睨んだ。
「まぁ、良いわ。地球人よ、皇帝様への献上品として大人しくしておる分には、危害は加えん。命が惜しかったら我々には逆らわんことじゃ」
王様とやらは、自分の言いたいことだけを押しつけて、ぽてりと倒れるとすぐに舟をこぎ始めた。
その周りを、また例の黒猫達が素早く円陣で固めてしまった。
「シーちゃん、なんか、帰れなさそうな雰囲気なんだけど、気のせいかしら?」
「間違いなく気のせいじゃありませんね」
笑顔でサラッと答えやがった紳士のひげを、私は思い切り引っ張ってやった。
「ちなみに、これってやっぱり夢じゃなくて現実なのよね?」
「呑み込みが早くて助かります」
こうして、私はまた宇宙人にさらわれた。
何度目のことかはもう数えたくもない。
この記事へのコメント
作業BGMはもちろん、つじあや○さんの「風○なる」です。ちょっと爽やかチックなのはそのせい。え?どこも爽やかでない?それは、…気のせいです(逃
「耳を~」は中学生の分際で最後に「しずく~~!だいすきだ~~!」と叫ぶやつですよね(笑)
どっちも好きですけど♪
あ!バロンつながりだからどっちでもいいのかっ!失礼しました。
ってことで、そうなんです、内容はまるっきり「猫○恩返し」です(笑)
仰る通り、バ○ンつながりだから、ま、いっかーみたいなノリです。ごめんなさい。